丘球学 「達磨図 (賛、丘宗潭)


 

                  

丘球学は曹洞宗の僧で  明治10年に愛知県岡崎市の生まれました 14歳で出家して 後に
丘宗潭の法を嗣ぎ 大正4年に伊豆・修禅寺の第38代住職に就任します その後 曹洞宗大学
副学監となり 昭和12年には永平寺後堂に就任 そして眼蔵会講師等を歴任し 昭和22年
永平寺西堂に就任しました また戦災で失った東京・長谷寺(ちょうこくじ) を再建して永平寺別院
とし その初代監院となます 明治27年には永平寺初代副貫首となり 昭和28年 修禅寺にて
77歳で遷化されました



この作品は 明治41年(戌申)に描かれた 丘宗潭とその弟子 丘球学による合作です



            

丘宗潭は曹洞宗の僧で 万延元年9月9日 愛知県に生まれました  西有穆山白鳥鼎三
長野普照などに師事して 飛騨・洞雲寺、伊豆・修禅寺 住職を歴任し 
明治38年には
永平寺で行われた
眼蔵会 の初代講師を務めました その後 大正7年には曹洞宗大学林
(現、
駒澤大学 )学監となり 大正10年 曹洞宗宗学研究の学堂として 京都洛北の玄琢に
安泰寺を設立し  初代住職となりますが その年の8月19日に62歳で遷化されました

その後 この安泰寺は 修行僧たちがより静かな環境で修行ができるようにと 昭和52年に
第7代住職 渡部耕法老師によって 現在の兵庫県美方郡新温泉町久斗山に移転しました




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