田中柏陰 「水墨淡彩山水図」


 

          

田中柏陰は 慶応2年4月2日 静岡県で生まれで 本名を啓三郎 別名を馨 字を叔明と言い
静麓・孤立・柏舎主人・空相居士など多くの号を持っていました 明治16年 17歳の時に
京都に出て田能村直入の門下となり 直入が開いた「私立南宗画学校」では 校員として
後進の育成にもあたりました この時期 田能村柏陰と名乗りますが 明治33年に結婚の後は
妻の姓であった“田中”を継ぎ田中柏陰と称し 妻の故郷 山口県防府市右田に画塾を開き
多くの弟子を教授し 後に関西南画界の重鎮となりました 柏陰はまた 直入系統の作品鑑定の
第一人者でもあって 直入作品の箱書きなども この柏陰によるものを多く目にします
昭和9年6月3日 療養先の静岡県興津にて69歳で亡くなりました

この作品は 本紙(絹本)の大きさが184cm×99.5cmの大幅です

 

        

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